東京地方裁判所 昭和26年(ワ)6307号 判決
原告 西村秀三郎
被告 伊藤義雄 外一名
一、主 文
被告等は原告に対して東京都渋谷区円山町七十四番地所在家屋番号同町四〇二番木造杉皮亜鉛メツキ銅板交葺平家建居宅兼店舗一棟建坪二十九坪五合(実測約三十四坪)附属木造杉皮亜鉛メツキ銅板交葺平家物置一棟建坪七合五勺から退去してこれを明け渡し且つ各自昭和二十六年八月十日以降右明渡済まで一箇月金三千円の割合の金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告等は原告に対して主文記載の建物から退去してこれを明け渡し、且つ各自昭和二十六年八月十日以降右明渡済まで一箇月二万円の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、請求原因として、訴外池上ツナは待合の女中をしている間に被告伊藤と相識り、昭和十七、八年頃から内縁の夫婦関係を結び待合を経営して同棲していたが、戦災に遭つたので、昭和二十二年五月頃主文記載の家屋の敷地を地主の福山から賃借し自己の出金によつて被告伊藤をして主文記載の家屋を新築させて(建築名義人であり且つ納税名義人である)その所有権を取得し、東家の屋号で待合業を営み、次で昭和二十三年十月十九日同被告と婚姻の届出をなして同棲を続けたところ、同被告は他の女と関係し不身持であるばかりでなく、賭博に耽りツナの営業上の収入を遊興費等に浪費して家計を顧みないのでツナとの間に風波が絶えず、ツナに対して暴力を振い首を締め、頭髪を鷲掴みにして振り廻す等粗暴の振舞に出てツナを虐待し、その結果ツナは健康を害し医師の治療を受けるの已むなきに至り、他方家計は不如意となり滞納税金のため右家屋の差押を受け昭和二十六年二月二十二日受附により滞納処分に基く渋谷税務署長の嘱託によつて右家屋はツナ名義の所有権の保存登記と差押の登記がなされたが、ツナは被告伊藤の虐待に耐えかね遂に同年四月二十五日協議離婚届出をなすの余儀なきに至つた。従つて同日以後同被告は右家屋に居住する何等の権限ないのに拘らず、ツナの明渡要求を無視し、却つてツナに暴力を振い同人を追い出してしまつた。
これがためツナは生計の途を絶たれ、加うるに病身のため医療費を要し生活に窮するに至つたが、これを援助する者がないのでツナの実姉の夫である原告は同年七月六日ツナに十万円を貸与しなお当時前記滞納税金の内金六万円余を代払し且つ爾後ツナの生涯の生活費と治療費並に滞納税金をすべて原告において負担することと定め、その代償をもつて前記建物の買受契約を締結し、同年八月十日その所有権取得登記を経由した。従つて協議離婚届出後右家屋を無権限に占有している被告伊藤は原告に対してその明渡義務あるは勿論不法占有による損害賠償として右所有権取得登記の日以後明渡済まで、右家屋の使用料相当額である一箇月二万円(店舗であるから賃料の統制額は撤廃せられている)の割合の損害金の支払義務がある。而して被告勝屋は原告の所有権取得前から所有者に無断で右家屋に居住しているので被告伊藤と共同不法行為者として同様の明渡と損害賠償義務がある。
なお予備的請求原因として仮に被告伊藤が本件家屋にツナと同棲したことによりツナとの間に使用貸借関係が認められるとしても、ツナは協議離婚当時同被告に明渡を請求したことにより、且つ同年八月十四日附同月十七日到達の内容証明郵便により使用貸借契約解除の意思表示をなしたのでこれにより同被告は右家屋の明渡義務を有するものである。
よつて被告等に対して右家屋の明渡と前記損害金の支払を求めると述べ、被告主張の抗弁事実に対しツナが調停の申立をなしその取下をなしたことは認めるがその余の事実を否認すると述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中、被告伊藤が待合の女中をしていた池上ツナを知り内縁の夫婦となり昭和二十二年五月頃以来新築の原告主張の建物で同棲し、昭和二十三年十月十九日婚姻の届出をなしたがその後昭和二十六年四月二十五日協議離婚届出をなし、ツナは右建物から去り被告伊藤がこれを被告勝屋と共同で使用していること、ツナが右建物の建築並に納税名義人であり待合の営業名義人であること、滞納税金のために原告主張の通りツナ名義の保存登記がなされ次でその主張の通りの原告名義の所有権の取得登記のなされていること、並に原告主張の通りの内容証明郵便の送達せられたことは何れもこれを認めるが、その余の事実は認めない。原告主張の建物は被告伊藤が自己の出金で建築したもので同被告の所有物である。而して同被告は右建築に際しその敷地を地主から賃借し現在借受名義人である。同被告はその頃日本通運株式会社に勤務していた関係上待合の営業名義を自己名義とするのを憚つたので、建築並に営業名義を内縁の妻である池上ツナにしたに過ぎない。仮に右建物がツナの所有であるとしても、ツナは昭和二十五年十一月頃被告伊藤を相手とし東京家庭裁判所に離婚等の調停申立をなし、同被告夫婦の間に被告伊藤はツナに五万円を交付すること、ツナは本件建物が被告伊藤の所有であることを認め、右金員の交付と引替に所有権の移転登記手続をすることを約束し円満に協議離婚の届出をなすことと定めたのである。もつともその旨の調停調書は作成せられるに至らなかつたけれども、右は所有権の移転登記を経由するには登記名義人が池上ツナとなつていたので、その手続を簡便にするため協議離婚の届出によつて印鑑証明書の名義人を池上ツナとする目的で先ず離婚の届出を経由したところ、その後に至り不当にも右協定を無視し、調停の申立の取下をなし、五万円の受取と登記手続を拒絶するに至つたのである。
従つて右協定により本件建物の所有者は被告伊藤である。次に仮に原告と池上ツナとの間に売買契約がなされたとしても、右は代金の授受なく、単に売買を仮装し通謀虚偽の意思表示をなしたものであるので無効である。なお本件建物の使用料相当額は月三千円である。而して被告勝屋は所有者である被告伊藤の承諾によつて居住しているものであるから被告等に対する原告の請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
訴外池上ツナは以前から待合の女中をなし被告伊藤と内縁の夫婦関係を結び、昭和二十二年五月原告主張の建物が新築せられて以来右家屋に同棲し昭和二十三年十月十九日婚姻の届出をなしたが、その後昭和二十六年四月二十五日協議離婚届出をなし右建物から去つたこと、その頃から被告伊藤は被告勝屋と共同して右建物に居住していることは当事者間に争がない。
よつて右建物が池上ツナの所有であつたかそれとも被告伊藤の所有であるかの点を判断する。
右建物を建築するについて池上ツナが建築許可を受けた名義人であつて、以後同人がその家屋の納税名義人であること、その後滞納税金のため昭和二十六年二月二十二日受附により渋谷税務署長の嘱託によつて右家屋についてツナ名義の所有権の保存登記がなされたこと並に右家屋における待合営業の名義人が池上ツナであることは何れも当事者間に争がなく右事実と証人池上ツナの証言とを総合すれば、池上ツナは自己の所持金一万三千円と被告伊藤の出金とによつて本件建物を建築し待合営業を営むことを企て、同被告の賛同を得て右一万三千円を同被告に託し、同被告は右建築費の不足分は内縁の妻であるツナに贈与する意思でこれを出金し、右金員を以つてツナのために本件家屋を建築し、これをツナの所有となし爾後同棲を続けたことを認めることができる。
右認定に反する被告伊藤本人の供述は措信し難く他に右認定を左右すべき証拠はない。
被告代理人は池上ツナが被告伊藤を相手として協議離婚等の調停申立をなした際同被告はツナに五万円を提供し本件建物の所有者を同被告と定め協議離婚することに示談解決し、その届出を終つた旨抗弁するけれどもこれに符合する趣旨の証人柳沢良啓、被告伊藤本人の各供述は証人池上ツナ、原告本人の各供述と対比して措信し難い。もつとも右の調停申立中協議離婚の届出をしたことは当事者間に争がないけれども、証人池上ツナの証言と原告本人の供述によれば池上ツナが被告伊藤との同棲生活に堪え兼ねて本件家屋を去つて実家に帰来して以来収入の途を絶たれ且つ病身であつたため生活費、医療費に窮し前記の調停の申立をなし被告伊藤から十万円の支払を得れば本件家屋を同被告に贈与し一切を解決する意図を有していたが、同被告は五万円を限度としそれ以上の出金を執拗に拒否し、且つ滞納税金が四十万円を超す旨告げられたので、ツナは本件家屋での営業継続を断念せざるを得なくなりなおこれ以上解決を遷延するときは益々生計に窮するばかりであることから、寧ろ滞納税金は被告伊藤の負担として同被告の主張する五万円の案に妥協するの外なしと考え、一旦はその案通りで示談解決する意向を有するに至つたけれども、調停の係判事からその案が甚しくツナに不利であるため不当とせられ結局調停の成立するに至らず、その後も当事者間において交渉が続けられたが被告伊藤において五万円以上の出金を拒みなお滞納税金の支払をなさずその額が十数万円に過ぎないことが判明したのでツナにおいて示談交渉を拒否するに至つたこと並に財産関係の解決は後のこととして先ず協議離婚の届出を済したことを認めることができる。
従つて示談解決に関する被告の抗弁は採用することができない。
然らば被告伊藤は自己の所有に属しない本件建物に居住するものといわなければならない。
よつてその使用の権限について考えて見るに、凡そ配偶者の一方が他方の所有する建物に居住して共同生活を営む場合には、所有者たる配偶者との間に使用貸借契約が存在するものと解するのは別段の意思表示のない限り当事者の真意に合しないものというべきであろう。蓋し配偶者は同居の義務を有すると共に相互扶助の原則上同居の権利をも有する筋合であるから、所有者でない配偶者は同居すべき家屋を使用する権限を有するけれども、特別の事情のない限りこの権限は婚姻の解消によつて当然消滅するものと解すべきである。
而して弁論の全趣旨と成立に争のない甲第九号証の記載及び証人池上ツナの証言によれば、被告伊藤は本件建物においてツナと同棲中同被告は他の女と関係し不身持であるばかりでなく、賭博に耽つてツナの営業上の収入を費消し家計を顧みないので風波が絶えず、ツナに対して粗暴の振舞に出たので、ツナの健康を害し医師の治療を受けるに至つたため、ツナにおいて将来被告伊藤との婚姻関係を継続することができなくなり遂に離婚等の調停を申立て前記の通り協議離婚の届出をしたのであるが、被告伊藤は本件建物を自己の所有物と称して譲らないのでツナは余儀なく実家に帰つたことを認めることができる。以上の事実によれば、ツナは被告伊藤に対して離婚後は本件建物を使用させる意思ないものと推認すべきであるから同被告はこれを使用する権限ないものといわなければならない。従つて同被告と共同使用する被告勝屋もツナに対してその明渡義務あること勿論である。
而して原告本人の供述によれば、ツナの姉の夫である原告はツナが実家に帰つた後昭和二十六年七月初頃ツナの生活費、治療費として同人に十万円を貸与し、なおその頃滞納税金の内六万円を代払し且つツナの生涯の生活費と治療費並に滞納税金をすべて原告の負担と定めたので、以上の代償として本件建物を譲り受ける契約を締結したことを認めることができ、同年八月十日その所有権の取得登記を経由したことは当事者間に争のないところであるから被告等は原告に対してその明渡義務あること明である。
被告代理人は右譲渡契約は仮装のものである旨抗弁するけれどもこの事実を認むべき証拠は何もない。
然らば被告等は原告に対して右所有権移転登記の日以後共同不法占有者として各自明渡済まで使用料相当の損害賠償をなすべき義務あるところ、原告はその額は一箇月二万円と主張するけれども、これを認むべき証拠がないので、被告等の認める一箇月三千円の限度において、この点に関する原告の請求を認容すべきである。
よつてその余の請求を棄却し民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用しなお仮執行の宣言は相当と認めないのでその申立を却下すべきものとし主文の通り判決する。
(裁判官 西川美数)